1.主要な物理的性質

量 単位 SI(CGS)
原子番号 82
原子量 207.21
結晶構造(293K) 面心立方晶
格子定数(293K) kX=1.00202Å a=4.9401±0.0001kX
密度(293K) 11.337×103 Kg/m3
線膨張係数(293~373K) 0.291×10 -4 /K( 20~100℃ 29.1× 10-6 cm/cm/℃)
凝固収縮率 3.44%
ヤング率(室温) 17.2× 109 N/m2 (1,750 kg/mm2
剛性率(室温) 5.82× 109 N/m2 (593 kg/mm2
ポアッソン比 0.44
融点 600.3 K (327.3 ℃)
沸点 2,013± 10 K ( 1,740±10 ℃)
比熱 26.5 J/K・mol (6.32 cal/℃/mol)
融解熱 4.81 KJ/ mol(5.55 cal/g)
蒸発熱(沸点) 179 KJ/ mol(206 cal/g)
表面張力(融点) 0.397~0.536 N/m (397~536 dyn/cm)
粘性 0.002648(623K)~0.001540(873K) Pa・s
(0.02648(350℃)~0.01540(600℃) poise)
熱伝導度 (273K)35.4 W/m・K ((0℃)0.0846 cal/cm/sec/℃)
電気比抵抗 (293K) 20.648×10-8 Ωm ((20℃)20.648μΩcm)
熱中性子吸収断面 0.2 barn(10-28 m2)(10-24 cm2

備考 :( )内 出典 鉛ハンドブック 改訂第三版 日本鉛亜鉛需要研究会
表の数値は( )内の単位換算値
1 cal/℃/mol= 4.18605 J/K・mol, 1 kg/mm2= 9.80665×106 N/m2

2.主要な機械的性質

引張り強さと伸び

温度(K) 293 355 423 468 538
引張り強さ(kg/mm2 1.35 0.80 0.50 0.40 0.20
伸び (%) 31 24 33 20 20
原典 A.Burkhardt : Blei und Seine Legierungen, Berlin. NEM – Verlag(1935)
引典 鉛ハンドブック 改訂第三版 日本鉛亜鉛需要研究会

かたさ

モ-ルかたさは約1.5
ブリネルかたさ(条件 :負荷時間 30秒、圧子は10mmφの鋼球、荷重は圧痕の径が圧子球の径の0.2~0.7程度)

試験荷重(Kg) 15.6 31.2 62.5 125 250
HB (Kg/mm2) 0.38~4.9 0.75~9.75 1.5~19.5 3~39 5.6~78.8.

市販純度の鉛の室温付近でのHBは2.5~3と考えてよい。
時間の影響は粗粒の場合より微細粒の場合の方が大きい。

鉛のプリネルかたさ測定値と荷重時間
鉛のプリネルかたさ測定値と荷重時間 (Erdmann et alより)
原典 F. Erdmann – Jesnitzer : Metallwirtsch. 19 (1940) 627
引典 鉛ハンドブック 改訂第三版 日本鉛亜鉛需要研究会

不純物拡散定数

Cu、Ag、 Auなどの1価の貴金属が鉛の中で非常に大きい拡散速度をもつ。

鉛中での不純物拡散
鉛中での不純物拡散
原典 W. Seith, E. Hofev and H. Etzold : Z. Elektrochem. 40 (1934) 332
引典 鉛ハンドブック 改訂第三版 日本鉛亜鉛需要研究会

加工率と再結晶開始温度

鉛は加工率 5%以上になると再結晶開始温度が 20 ℃以下になる。

鉛の加工率と再結晶開始温度(Roofs-Rassowより)
鉛の加工率と再結晶開始温度(Roofs-Rassowより)
原典 E. Roofs – Rassow : E. Metallwirtsch. 10 (1931) 161
引典 鉛ハンドブック 改訂第三版 日本鉛亜鉛需要研究会

3.人体への影響(出典 鉛ハンドブック 改訂第三版 日本鉛亜鉛需要研究会)

鉛の摂取

消化器系統からの鉛の摂取量はきわめて少ない。吸収された鉛は、その大部分が消化器を素通りして糞とともに排出される。一説によれば、経口摂取量の10%以下が体内の組織、血液などに入るのみである。鉛を取扱う工場の労務者は工場内の環境中に浮遊する鉛粉や鉛化合物を呼吸によって呼吸器、特に肺臓に取り入れる。無機の鉛化合物の微粉が人体の皮膚から体内に入る量は少ないので、あまり重要視されてないが、ただ水溶性の酢酸鉛やオレイン酸鉛は皮膚から入る量がやや多いので取扱いには注意が必要である。

四エチル鉛は、液体としても、蒸気としても容易に皮膚から体内に侵入するので特に注意して取扱うべきである。

鉛の排出

人体内の鉛は常時尿と糞に含まれて体外に排出されるが糞による排出量が著しく多い。通常の人間の場合には食物その他によって吸収される鉛量と排出物とともに排出される鉛量とは釣り合っている。何かの原因で特に多くの鉛を吸収した場合には尿中の鉛は、それに応じて増加し、鉛の吸収が通常に復した後も尿中鉛の量は多い。

鉛を取扱う工場の労務者は作業環境の大気中の鉛及び鉛化合物の微粉を呼吸によって吸収し、一部は口及び鼻に、一部は肺臓中に蓄積するが、それらの中に含まれている鉛は吐き出されたり、糞中に含まれて体外に排出される。

鉛の蓄積

昔は人間の骨に含まれる鉛は他の体内組織に含まれる鉛に比べて、あまり重要でないと言われていた。ところが柔らかい体内組織や内臓中に入った鉛は結合状態がゆるいので時の経過とともに減少するが骨の中に入った鉛は容易に減少することはないので注目されるようになった。

無機鉛化合物

i)中毒の症状

最も初期に表れる症状は疲労、睡眠不足及び便秘である。さらに鉛を多く摂取すれば腹痛、貧血、神経炎等の症状を表わす。さらに大量の鉛化合物を取り入れれば最悪の脳変質症を起す。20世紀の初頭においてはイギリスでも多数の患者が、この症状を示した例が多かったが、最近では、この症状を表わす患者は絶無である。20世紀の初頭の頃は鉛及び鉛化合物による中毒を防止するための方策は全然講じられていなかったので、致命的な鉛中毒患者が続出したことは当然であった。

鉛中毒の疑いを示す徴候しとて歯茎に表れる青い線条がある。この徴候を示す患者は必ず貧血症状を示す。またこの患者の尿、血液などの中の鉛含有量は健康体の人のそれよりも、かなり多い。しかし鉛の摂取を中止して6ケ月を経過すると尿や血液の中の鉛は漸減して元に戻る。ただ、相当量の鉛を摂取した幼児は症状が重くて死亡率も高い。

鉛関係の仕事場に働いていた労務者の内で「震え」を訴えるものが昔から少なくなかったが、工場の環境管理が普及した今日においてはきわめて稀である。

普通以上の鉛量を摂取したことの表われと言われている歯茎の青い線は必ずしも確実なものではなく、鉛中毒を起してもこの青い線が表れない例もある。 この青い線は歯茎の組織内に生じた青みがかった灰色の粒子が歯との境界線付近に並んで沈積したものである。これは硫化鉛の集まったものであり、この鉛は血液によって運ばれ、蛋白質の食物の分解によって生ずる硫化水素と反応して灰黒色の硫化鉛となるものである。

この青い線の徴候は鉛の異常摂取の直後に表れるので、鉛関係の労務者の鉛中毒を見つけるために重要な徴候であり、この青い線を示した労務者を遅滞なく鉛関係以外の職場に移して鉛含有量を下げることができる。しかし、この労務者が職場を変えられても青い線はなお数カ月は消滅しない。

また、鉛関係の職場で働く労務者の中には、見たところ健全であると思われる歯が次々に抜けるものがあるが、その原因は鉛中毒であるとも言われている。鉛の異常摂取によって顎骨の組織に変化が起り、そのために健全な歯が抜けるという臨床例があり、多量の鉛を摂取したときに顎骨の組織のカルシウムが鉛によって代替されてカルシウムの欠乏を生じ、しかも鉛はりん酸鉛として組織内に入るとされている。

ii)鉛中毒の後遺症

多くの臨床例によれば、鉛中毒によって起る病気は腎臓内の小さい管の変質や血液循環系統の機能障害などで、後には腎臓硬化症を引き起すようになる。

尿蛋白症は鉛中毒によるものであると言われているが、その例はあまり多くない。鉛中毒によって血圧が上昇するという例は鉛蓄電池製造工場などの労務者を調査したところ、きわめて少ない。このような慢性鉛中毒患者の発生は環境管理の行き届いた今日においてはきわめて稀である。

iii)過剰の鉛を摂取した人の診断

人体内に過剰の鉛が入った場合、その危険度を見るためには血中の鉛の定量と貧血症の検診を行い、また、尿や糞の中の鉛含有量を定量して鉛中毒症状の程度を検査する必要がある。

人体内に鉛が吸収された場合には尿中の鉛量は直ちに増加するが、血中の鉛はあまり増加せず、またその量は大きく変化しない。
血液や尿の中の微量の鉛を分析するのには1960年頃から原子吸光スペクタル光度計が用いられているが、この方法は分析の所要時間が短くて済み、しかもキレ-ト剤を用いる時は、さらに所要時間が短縮できる。

iv)鉛中毒の予防

非鉄金属の製錬や加工の工場における鉛毒を予防するためには作業環境の改善、衛生管理の徹底、診療施設の完備が必要であることが最近強調されている。これらの条件を満足させるためには、鉛とその合金の溶融及び鋳造設備から出る煙灰を完全に吸引する機械設備を完備し、また工場内外の大気の中の鉛の分析を常に行う必要があり、さらに工場内での食事を厳禁し、尿中鉛の分析を続けるようにしなければならない。これらの条件をよく充足している工場では鉛中毒患者の発生は皆無といってよい。

v)鉛中毒症の治療

鉛中毒症を治療するための従来の方法はキレ-ト法が表れてからは影をひそめた。EDTAによって鉛中毒症が治癒したあとは、新しく鉛を摂取しない限りは二度と再発することはないといわれている。EDTAは合成によって作られたポリアミノ酸で水や有機溶媒には少しばかり溶解するが無機酸にはよく溶解する。この化合物は多くの金属と結合して水溶性のキレ-トを作ることが重要な点である。人体内に蓄積された鉛を体外に排出するためには、EDTAとカルシウムの錯塩を用いるが、これは鉛を排出する時にカルシウム欠乏症を併発しないようにするためである。鉛をEDTAとの錯化合物にして尿中に排出する時は鉛中毒の種々の症状はほとんど表れないで済む。この方法によって体内の軟らかい組織の中の鉛は容易に排出し得るが骨髄中の鉛の排出はやや困難である。鉛の排出のためにEDTA錯塩を患者に与える場合には経口投与よりも静脈注射の方が効き目が早い。EDTAによる治療は若干の副作用、例えば腎臓、骨髄、心臓の筋肉に対する悪影響などがあるという学者もある。例えば、EDTA法で鉛中毒は治療されたが、骨髄中の造血機能が一時的に弱くなった例があるが、副作用はいずれも致命的なものではない。

有機鉛化合物― 四エチル鉛

鉛の有機化合物の中で工業的に最も重要なものは四エチル鉛である。この化合物は、自動車用燃料のアンチノック剤として用いられている。四エチル鉛、Pb(C2H5)4は透明で粘性のある化合物で、水にはほとんど溶解しないが多くの有機溶媒には容易に溶解する。この化合物は著しく強い揮発性をもっており、これを取扱う人は往々にして経口的に、あるいは皮膚を通してこの鉛化合物を摂取する危険がある。

i)四エチル鉛中毒の症状

この化合物を摂取したために発生する初期及びその後の症状は、汚染の程度と時間によって異なる。重度の汚染の場合には初期症状が数時間後に表れ、その後急速に悪化するが、断続的に汚染した場合でも2~3週間以内に表れる。又、重度の場合には精神錯乱、意識混濁、錯覚症、昏睡状態などの現象が数日の内に起る。汚染があまり甚だしくない場合でも、神経系統及び消化器系統に影響を及ぼす。汚染がきわめて少ない場合でも不眠症、悪夢、不安状態及び胃腸障害を起す。しかし、この場合は、いずれも軽症で、これらは数週間後には消滅する。

ii)四エチル鉛汚染の場合の人体組織中の鉛

中毒した患者の組織、ことに脳組織の中に揮発性及び不揮発性の有機鉛化合物が存在することが確認された。

iii)四エチル鉛中毒の患者の血液と尿中の鉛の含有量

四エチル鉛に汚染された人体の血液中の鉛はあまり変化しない。汚染量がかなり多くても血中鉛の量は平常の血中の鉛の量、すなわち0.06~0.07mg/100gの値より少し多くなる程度である。それで血中鉛を定量しても四エチル鉛による鉛汚染の程度を推測することは困難である。これに反して尿中の鉛は汚染によって著しく増加する。尿中鉛量の許容限度は0.08mg/lであり、これが0.15mg/lに増加すると鉛中毒の徴候が表れると言われている。

iv)四エチル鉛中毒症に対するCaEDTAの薬効

有機化合物の摂取による鉛中毒症をキレ-ト法によって治療する効果はまだ十分に確認されていないが、患者の体重に比例した適当量のCaEDTAを静脈注射によって患者に与えたところ、尿中に入って排出される鉛の量は急激に増加して鉛の排出効果が優れていることを立証しているが血中鉛の量はあまり変化しない。