北九州市熱帯生態園
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亜鉛は必須元素です

生体は,それが必要とする元素を大気や水,土壌などの自然環境から直接に,また植物を介して間接的に取り入れており,生体細胞がこれら必須元素を必要量摂取できていれば成育は順調に進みます。摂取量が少なすぎるとこれらの元素の欠乏症を生じますが,過剰に摂取すると有害となる可能性があります。生体は,この両極端の中間に各元素の最適な濃度範囲をもっており,亜鉛についても生体に最適な濃度範囲が存在します。

1.亜鉛欠乏による障害

生体に亜鉛が欠乏した場合の障害に関しては多くの研究論文が発表されていますが,次にそのれいをいくつか挙げておきます。

(1)成長の障害

  • PrasadおよびSansteadらの共同研究によると,外国のある地域で見られた発育不全男子のグループについて,血液中の亜鉛を分析したところ血清亜鉛値が低値を示した。これらの患者に硫酸亜鉛を経口的に投与し,かつ良質の食事を与えたところ血清亜鉛の量は正常値まで上昇し,生殖器の発育その他成人への正常な発育変化を示した。たとえば20歳で身長39インチの患者が1年間で5インチ成長したという1)
  • 豚に50~100ppmの亜鉛を添加した食餌を与えると食餌効率が約20%向上する。すなわち低亜鉛,高カルシウム食を飼料とした豚は1日当り68gしか体重が増加せず,多くの皮膚障害を起こした。この低亜鉛の食餌を16週間続けた後,高亜鉛,低カルシウム食を与えたところ,1日当り1,022g体重が増加し,9週間後にはその年齢として正常な大きさにまで発育した2)(図1)。このような障害は,亜鉛欠乏がDNA複製を抑制し,細胞の核分裂と生産が阻害される結果,蛋白合成が阻害を受けることによるものと考えられている。
低亜鉛・高カルシウム食の場合、 1日の体重増加68g
低亜鉛・高カルシウム食の場合、 1日の体重増加68g
高亜鉛・低カルシウム食の場合、 1日の体重増加1,022g
高亜鉛・低カルシウム食の場合、 1日の体重増加1,022g

図1 豚の成長に対する亜鉛とカルシウムの影響

低亜鉛高カルシウムの飼料によって16週間発育を止められた豚に,高亜鉛・低カルシウムの飼料を9週間与えた場合,再び正常な大きさに成長する。飼料に71ppmの亜鉛を加えた場合,成長の回復は著しく早まった。

(2)皮ふおよびその付属器官の障害

  • Strainらはラットに切傷や火傷をつくり,それをちりょうする実験を行った。通常の食餌では,治療に要する日数は若い雌ラットが30日以上,若い雄ラットと成熟した雌ラットが45日以上,成熟した雄ラットは115日であった。食餌に亜鉛剤を添加することによって若い雄ラットと成熟した雌ラットで約20%,成熟した雄ラットで約40%も治癒が促進されたとし,数種の亜鉛有機化合物が治癒の促進に特に効果があったとしている。
  • TuckerおよびSalmonは豚の補助資料として亜鉛を与えた場合の効果につき発表した。ピーナッツ粉を用いた食餌によって生ずる不全角化症や死亡が,亜鉛の添加により減少するとし,この場合亜鉛の含有量を一定にしてカルシウムを増量した場合と,カルシウムを一定にして亜鉛を増量した場合には,はるかに後者の場合が不全角化症が抑制されるとした3)

(3)生殖機能の障害

前述したPrasadらの報告による男子の生殖器の発育不全が,亜鉛を投与することによって成人への正常な発育変化を示したこと,鶏の卵や妊娠中のラットに亜鉛欠乏が起こると,出生時に骨格異常や奇形が現れることなどから見ても,亜鉛の欠乏は精子形成や雄の第1次および第2次生殖器官の発育に障害をおよぼし,また雌においては発情から分娩まであらゆる生殖過程に影響をおよぼすことが分かります。睾丸の萎縮や精子形成能は亜鉛の直接的な効果で,十分な量の亜鉛が精子の成熟後期にとり込まれることが精子形成や胚上皮の生存にとって不可欠のものと考えられています4)

(4)骨格の障害

1961年にStrainがCornell大学のScottおよびZeiglerらと共に行った研究によれば,鶏に適当な亜鉛を与えることによって,正常な発育と関節の石灰化が促進されたと報告されています。この実験では雌雄の飼料に5~60ppmの亜鉛を添加して発育状態をしらべたところ,10週間後の体重が355~1,560gと亜鉛の添加量の多い雛ほど体重が増加しています。また脚のX線写真では60ppmの亜鉛を添加した飼料による雛にくらべて,亜鉛添加の少ない飼料による雛は大腿骨の長さが1/2以下ないし約2/3であったとされています4)

(5)味覚障害

味覚障害は味を感じる「味蕾」が,舌や口蓋などの炎症でこわされた場合や,中耳炎,顔面神経麻痺などにより味覚神経が障害を受けた場合など,いくつかの発症原因があります。しかし,さまざまな検査の結果,「亜鉛の欠乏が原因」である味覚障害が全体の約55%を占め,ほかの原因にくらべて圧倒的に多くなっています5)

2.亜鉛と感染症

亜鉛欠乏症にかかった患者は易感染症であり,亜鉛のリンパ球機能に及ぼす影響が注目されています。低タンパク栄養障害で,腸性肢端皮膚炎を示す胸腺萎縮性の小児に対して亜鉛投与をすることにより,X線上,胸腺は成長し,易感染症も消失したことが報告されています6)。  さらにウイルスの培養組織中でカドミウム,銅,コバルト,水銀,モリブデン,ニッケル,亜鉛等11種の金属はその形成を抑制するはたらきがありますが,そのうち亜鉛だけが非毒性濃度である0.1μMでも抗ウイルス効果を示すことが報告されています7)。

3.亜鉛による中毒

(1)動物への影響

生体に有効ないかなる栄養素,薬物といえども,それが過剰に摂取されれば有害となります。亜鉛においても同様のことがいえます。亜鉛の毒性はきわめて低く,平常の摂取量と,なんらかの有害な作用を示すような摂取量との間には広い幅があります。

  • ラットは食餌からの亜鉛摂取量が2,500ppmでも中毒症状を示さないが,この2倍の濃度では成長が極度に抑制され,若い動物の死亡率がきわめて高くなることが多い4)。
  • 亜鉛中毒のラットでは,血色素減少性および小血球性の貧血が進行し,肝臓および他の組織中での亜鉛の高濃度集積等が生じる。しかしこのような貧血や生化学的変化は,銅を投与すればだいたい回復するし,また銅と鉄の両方を投与すれば完全に回復する4)

(2)人体への影響

 i)経口中毒
人体への影響については,経口中毒と吸入中毒にわけることができます。亜鉛の塩類は口腔や消化器の粘膜を刺激して,大量摂取により致命的な虚脱を招くことがあります。経口致死量は人の場合,硫酸亜鉛で5~15gとされています。亜鉛めっきをした食器の酸性飲料によって集団中毒を招いた例があり,この時の中毒症状は金属熱,むかつき,ふるえ,胃痛,下痢などで摂取後4~12時間で起こっています。嘔吐を起こさせる(吐剤としても用いられています)水中亜鉛濃度は675~2,280ppmですが,20~40ppmで金属味が現れます4)。
 ii)吸入中毒
産業現場では,金属亜鉛の溶融,黄銅または青銅の鋳造・加工・ろう付け,亜鉛めっき鋼材の溶断・溶接などの作業に際して発生する酸化亜鉛のヒュームの吸入によって発熱症状を招くことがあり,これを亜鉛熱,真鍮熱,鋳熱,金属熱などと呼んでいます。この場合の症状は,吸入後2~8時間頃に現れる発熱症状で,インフルエンザ様の悪寒を伴い,数時間を経過すればほとんど完全に回復する。また作業者には亜鉛熱に対する免疫性がみられます4)

4.亜鉛の必要摂取量

亜鉛の摂取量として,米国では次の値を推奨しています。
ある調査の結果によると,米国の成人は一般に亜鉛を8~10mg/日しか摂取しておらず,また2歳から10歳の子供の50%以上は推奨レベル以下の亜鉛を摂取していました。また肉が少なく植物性,繊維質の多い食事を摂っている人々では軽度の慢性欠乏症にあると見られています。1日の摂取量は食物だけでなく,性,年齢および健康状態にも関係があります。幼児や子供,青年,妊婦および老人はより多く亜鉛を摂取する必要があります。次に示すグループの人々は亜鉛要求量が高く,亜鉛を十分に摂取していない恐れがあるとされています。

亜鉛を経口的に摂取する方法は、亜鉛の不足をバランスさせるのに有効ですが、過剰に摂ると胃腸障害を起こす可能性がありますので、医師の助言なしで行うことはお勧めできません8)

成人男性 15(mg/日)
成人女性 12
妊婦 15
授乳婦(最初の6ヶ月) 19
(後半の7ヶ月) 16
幼児(0~1歳) 5
子供(1~10歳) 10
子供および青年 成長に伴う要求
妊婦および授乳婦 胎児,授乳による再吸収
老人 身体機能の減退,アンバランスな食事
激しく筋肉を使う人 必要摂取量の増大
糖尿病およびアルコール
中毒患者 多量の排泄
喫煙者 吸収率の減少
大怪我をした患者 多量の亜鉛損失

5.亜鉛を多く含む食品

ダイエットブームや単身赴任,一人暮らしの老人,OLや学生など,ライフスタイルの多様化に伴い,食生活も以前とくらべて大きく変化しています。このような時に,食物が原因で亜鉛欠乏に陥らないための心得は何か,以下に少し長くなりますが,月刊誌「Newton」5)より引用させていただきます。
「亜鉛を多く含む食品」と聞いて,すぐに思い浮かぶ人は少ないであろう。亜鉛は鉄分などとちがい,微量元素としてなじみが薄いばかりでなく,漢字の印象から人体に有害といった誤解すらあたえかねない。実際には亜鉛は多量に摂取しても無害なミネラルである。貝類のかき,小魚,レバー,茶,緑茶,ごま,アーモンド,あさくさのりなどには多くの亜鉛が含まれる。
まずはこれらの食品を積極的に摂取し,亜鉛を中心としたミネラルが欠乏しないように気をつけたいものである。日本では,若い女性のダイエットや糖尿病のカロリー制限が,三大栄養素(炭水化物,タンパク質,脂肪)のみの計算によって行われることが多い。日ごろから,ソルティアなどの亜鉛やビタミンを多く含む補助食品を積極的にとることをおすすめする。
2番目に注意することは,食品添加物,アルコール類,ほかの食品との食べ合わせである。清涼飲料水やかまぼこなどの製品をはじめ,ほとんどの加工食品にマスキング剤または糊料として添加されているポリリン酸,EDTA(エチレンジアミン四酢酸),カルボキシルセルローズなどは,亜鉛を体内から奪い,排出させる作用を持つ。食品添加物にはよほど気をつけていないと,簡単に亜鉛欠乏症になってしまう。また,豆類や米ぬかに含まれるフィチン酸,チーズなどに含まれるカルシウム,食物繊維などはいっしょに食べると亜鉛が腸内でとけにくくなる。したがって,これらの食品と亜鉛を多く含む食品とは同時に摂取しないよう気をつけなくてはならない。アルコールは味蕾を直接傷つけ,深酔いは味覚判断を狂わす。さらにアルコールを分解するための酵素には亜鉛が含まれているため,アルコールを多量に飲むと,むだな亜鉛が消費されることになる。
その他,多量のスパイス,熱すぎる食物,冷たすぎる食物,喫煙なども舌を直接痛めてしまい,悪影響をおよぼす。とくに食前の喫煙はまちがいなく味覚を落とすので,絶対にさけるべきであろう。スパイシーな味を好むブームがいまだにつづいている。また,「レモンのすっぱさ」を「グレープフルーツの砂糖がけ」のような味に変化させてしまうミラクルフルーツや,甘い食品なども売られており,変化に富んだ味覚が次々につくられている。
味覚障害者の増加は飽食・偏食時代を映す鏡といえる。自分の一生をあじけないものにしないために,食生活には気を配るべきであろう。

6.まとめ

亜鉛は人をはじめほとんどの生物に必須の元素です。事実,亜鉛の欠乏が人の健康に関する現在の問題となっています。
最近,国際化学品安全性プログラム(WHOの主催による国際フォーラム),ILO(世界労働機構)およびUNEP(国連環境計画)は亜鉛に関するタスクフォースを結成し,亜鉛の健康に関する環境クライテリア(判定基準)の設定を行っていますが,その結論の中では次のようなことが述べられています。 “亜鉛は環境に必須の元素である。この金属については欠乏と過剰の両方の可能性がある。このため重要なことは,亜鉛を規制するクライテリアは,その毒性は防ぎつつも,低すぎるために欠乏を招くようなレベルに設定しないことである。”
“Zinc is an essential element in the environment. The possibility exists for both a deficiency and excess of this metal. For this reason it is important that regulatory criteria for zinc,while protecting against toxicity,are not set so low as to drive zinc levels into the deficiency area.”8)

参考文献 (1)Prasad A.S.,Sanstead H.H.,A.R.,Farid Z.,Miale A., Bassilu S.& Darby W.J.: Human zinc deficiency,endocrine manifestations and respose to treatment. Amer.J.Cline,Nutr.20,442,1967 (2)William H.Strain : Zinc-The Metal for Men(亜鉛-男性のための金属).日本鉛亜鉛需要研究会訳,1967 (3)Tucker H.F.& Salmon W.O.: Parakeratosis orzinc deficiency disease in the pig.Proc.Soc.Exp. Biol.Med. 88,613,1955 (4)「亜鉛ハンドブック」日本鉛亜鉛需要研究会編 (5)「Newton」128,3,1996 富田 寛 (6)森嶋隆文,八木 茂,遠藤幹夫:亜鉛欠乏症としての腸性肢端皮膚炎―亜鉛内服奏効例を中心として,微量金属代謝第1号,1975 (7)Underwood E.J.: Trace Elements in Human and Animal Nutrition,(Third Edition)Academic Press,1971(微量元素,日本化学会訳編,昭50年) (8)International Zinc Association ZINC IN THE ENVIRONMENT